Environmental History

Activities

February 2-4, 2016: “Living Spaces Project” (General Meeting 2) at RIHN, Kyoto. (In Japanese).


[Archives in Japanese]

このページは、当該研究グループのメンバーが企画あるいは報告した研究会等の記録です。2009年8月以降のもので、環境史研究会が主催したワークショプ等を主に掲載しています。2011年度までは年度単位で、その後は、開催順で最近のものまで記録として掲載しております。なお、環境史研究会以外の企画については、全国レベルでの学会あるいは国際学会等を中心に、その一部を随時、掲載しています。


第16回環境史研究会ワークショップ

環境史研究会メンバー各位

竹本です。初夏になったものの、不安定な天気が続いてます。環境史的にも、ネパールの地震や、箱根山の状況が気になるところですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

第16回環境史研究会ワークショップを下記の通り東京大学で6月6日に開催いたします。

オハイオ州立大学のブラウン先生には、人為起源の災害に関する報告を、山梨大学の喜多川先生には、最近出版されたご著書『環境政策史論―ドイツ容器包装廃棄物政策の展開』の内容に関する報告をお願いしました。

『環境政策史論―ドイツ容器包装廃棄物政策の展開』については、割引購入ができますので、添付のチラシをどうぞご活用ください。ワークショップの後には懇親会(18時頃~)も予定しております。あわせて参加いただければ幸いです。

【日 時】 2015年6月6日(土)13時~17時

【場 所】 東京大学農学部1号館3階 農経会議室

【題目と概要】

「Anthropogenic Disasters: Secondary Effects of the Built Environment on the Impact of Extreme Natural Events」 Philip C. Brown (オハイオ州立大学)

Subjects: 1) Water Control and urban subsidence (Niigata), 2) Water control innovations impacts on existing water control facilities (cases from central Niigata Prefecture), 3) Roads, railroads, and dike impacts on tsunami (Tohoku), 4) Changing human consciousness: “Blind Faith” in technology or “Agnatology” (deliberate/manufactured “forgetting”)

「ドイツ容器包装廃棄物政策史:『環境政策史論―ドイツ容器包装 廃棄物政策の展開』をめぐって」 喜多川進(山梨大学)

ドイツの容器包装廃棄物政策は,拡大生産者責任と呼ばれる新しい 環境原則の最も早い実施例として知られており,《環境先進国ドイツ》という評価を定着させた。しかし,環境政策として独創的かつ先導的な側面をもつドイツの容器包装廃棄物政策が,なぜ,どのようにしてコール政権期に生み出されたのかという点は,緑の党や環境保護団体の影響であると漠然と説明されることがほとんどであり,これまでの研究においては十分に明らかにされていない。そこで,本報告では,1970年から1991年の容器包装令制定に至る時期に注目し,ドイツの保守政党および経済界による容器包装廃棄物政策の推進理由を検討する。そして,同政策は,環境保全よりも廃棄物処理部門の民営化や旧東ドイツ地域および欧州でのリサイクルビジネスの新規展開,さらに目前の総選挙での勝利といった経済的および政治的動機によって推進されたことを示したい。本報告では,拙著『環境政策史論―ドイツ容器包装廃棄物政策の展開』(勁草書房)に基づき,緑の党や環境保護団体といったグリーンな勢力とは異なる,保守政党・経済界による《もうひとつの環境政策の潮流》に光を当てる。

(参照)『環境政策史論―ドイツ容器包装 廃棄物政策の展開』http://www.keisoshobo.co.jp/book/b190657.html

*********************************************************** 第15回環境史研究会ワークショップのご案内をお送り致します。年度スタートのお忙しい時期とは 存じますが、みなさまの参加をお待ちしております。 【日 時】 2015年4月1日(水)9時〜17時 【場 所】 香川大学教育学部2号館2階「遠隔教育調査研究室」 【報告者および演題】 <午前の部(9:00〜11:30)> 「環境史研究におけるナラティブアプローチに関して」 ラウンドテーブル:青木聡子(名古屋大学)・村山 聡(香川大学) <午後の部(14:00〜17:00)>(自由論題報告2本) ★野間万里子(京都大学) 「和牛」成立の史的前提—食の環境史の視点から 要旨: きめ細かな脂肪交雑で、現在世界的にも高い評価を受けている和牛について、その成立過程を環境史の視点から捉えなおす。近代日本では、牛はあくまでも役肉兼用として水田稲作経営の中で飼養されてきた。文明開化以降の牛肉食普及に伴い、牛飼養のあり方も変化を迫られた。また牛飼養の変化は消費をさらに刺激することとなった。消費と生産との相互連関のなかで、牛肥育技術が展開したさまを明らかにする。 ★藤原辰史(京都大学) 毒ガスと農薬—第一次世界大戦の環境史 要旨: 第一次世界大戦は数多くの新兵器を生み出したが、毒ガスは多くの兵士を苦しめ、また殺害した。この毒ガス兵器の戦中の開発のみならず、戦後の平和利用、つまり農薬への転用についても考えてみたい。 *********************************************************** 第14回環境史研究会ワークショップ 環境史研究会メンバー各位 竹本です。 あっという間に冬学期が始まってしまいました。 御嶽山の噴火、エボラのアウトブレイク、スーパー台風18号の接近と、 環境史的な関心からも気になることが目白押しですが、 みなさまいかがお過ごしでしょうか。 第14回環境史研究会ワークショップの報告概要が届きましたので、お知らせします。 どちらの報告も大変興味深く、10月18日がいまから楽しみです。 ワークショップの後には懇親会も予定しております。 あわせて参加いただければ幸いです。 【日 時】 2014年10月18日(土)13時~17時 【場 所】 東京大学農学部キャンパス内向ヶ丘ファカルティーハウス2Fセミナー室(動物医療センターの近くです。詳細は下記URLをご覧ください) http://www.mukougaoka-facultyhouse.jp/access.php ※当日は大学のホームカミングデー行事のため、いつもと会場が違います。お気を付け下さい。 【題目と概要】 「砥川流域協議会における住民合意形成の背景としての流域とのかかわり史――恩恵と災害リスクを軸に」 保屋野初子 下諏訪町の大半を占める砥川流域では、上流部での県営ダム計画をめぐる反対運動に端を発する地域内の対立、県政レベルの紛争がほぼ10年間続き、2003年にダムに拠らない河川整備計画原案を話し合う砥川流域協議会が設置され、合意形成が図られた。本研究では、流域住民を主体とする形で設計された協議会において住民同士が対立点を乗り越え合意に到達していった過程を、議事録に基づき詳細に分析した。分析にあたり、砥川流域における地形・生態系と地域住民とのかかわりを藩政時代に遡って原型を設定し、現在に至る変遷を検討した。原型は、入会による資源確保、上流を原因とする土砂水災害に着目し、人々が恩恵を求めて上流域にかかわる方向と、それによって下流域方向に潜在的に増大する災害リスク、という動的な関係性が均衡する状態とした。恩恵/災害リスクという軸の設定は、住民にとっての流域が相反する要素が切り離せない全体的存在であることを捉えるためでもある。この軸を以て流域協議会の議論を分析したところ、流域の場所ごとに住民が互いの間で恩恵とリスクを再配分していること、上流と下流の間で恩恵と災害リスクの配置換えを試みるなかで流域意識を共有していったことがわかり、そのプロセスそのものが合意形成のダイナミズムとして捉えることができた。流域意識の共有が可能となった要件の一つに、この流域で繰り返される御柱祭という恩恵の存在もある。本研究は、流域の改変や維持管理には、恩恵と災害リスクを過去から将来にわたって享け続ける当事者である住民を主体に据えた合意形成が必要であることを明らかにした。 (参照)『流域管理の環境社会学 ―下諏訪ダム計画と住民合意形成―』https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/3/0255700.html 「裁判史料よりみた、清代中国における山の利用と管理」 相原佳之 本報告では、清代中国(1636~1912年)における自然資源の利用や管理のあり方を、同時代の裁判史料より考察する。 清代の裁判は、最下級の官庁で受理された後、案件の軽重など必要に応じて上級官庁に上申され、覆審を経て最終的な刑が決定された。死刑相当の案件については皇帝まで文書が進呈され、刑が確定した。この進呈された文書は刑科題本と呼ばれる。刑科題本には事件のいきさつや関係者の供述が記録され、そこに含まれる情報は当時の家族関係や経済活動などさまざまな社会生活に接近するための材料としても研究者に利用されてきた。 報告では、刑科題本から山地や樹木など自然資源の所有・利用・管理に関わる事例を取り上げて考察する。なかでも、資源をめぐる共有や共同のあり方について、コモンズの議論等も参照しながら整理することで、他の地域・他の時代との比較に向けた議論の素材としたい。
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第13回環境史研究会ワークショップ
日時:2014年7月19日(土)13:00ー18:00
場所:京都大学人文科学研究所3Fセミナー室4
発表:
都留俊太郎「林本源製糖のサトウキビ作経営と二林蔗農事件」(仮)
小川道大「19世紀前半のインド西部の植民地化に伴う社会経済変化
‐軍馬の飼育と土地利用に注目して‐」
Anne McDonald「日本の海から考える環境史」

第12回環境史研究会ワークショップの報告概要が出揃いました。どの報告も興味深く、3月8日がいまから楽しみです。

ワークショップの後には懇親会も予定しております。あわせて参加いただければ幸いです。

【日 時】 2014年3月8日(土)13時~18時

【場 所】 東京大学農学部1号館 3F農経会議室

【発表題目と概要】

「会計簿が語るアルプス環境史―研究の展望」 渡邉裕一

会計簿は環境史研究の主要史料となり得るだろうか? 本報告では、報告者が博士論文の執筆過程で新たに発掘したアウクスブルク市立文書館所蔵の「森林書記の会計簿」(1563年~1607年)を取り上げ、この問いへの接近を試みる。博士論文では、この会計簿の分析を通じ、木材不足に直面した都市アウクスブルクの市参事会が、いかに16世紀後半の「エネルギー危機」を乗り切ろうとしたのかを明らかにした。しかし、森林書記会計簿の史料価値はそれに留まらない。報告者は今後さらに、アルプス山脈・レヒ川流域における地域社会と自然環境との複雑な相互関係を「危機の克服」という分析視角から多角的に考察していく予定だが、本報告では、そのための主要史料となる会計簿の潜在可能性について論じる。日本史やアジア史の専門家、また歴史学以外の研究者からも多くの御意見を頂戴したい。

「明治前期、中国山地農村における地主小作関係の再検討―広島県比婆郡奥門田村を事例に―」 平下義記

本報告の目的は、広島県比婆郡奥門田村(現庄原市高野町大字奥門田)を拠点とする在村地主栗本家の所蔵文書の分析を通じて、近代日本における地主小作関係の特質を、具体的ケーススタディーの中から再検討するところにある。この栗本家文書には、小作人別・耕地別の小作料納入状況を記録した「小作料領収帳」、耕地1枚ごとの収穫量を記録した「収穫見積帳」が、明治初年から20年代にかけて伝来している。また、村内の農家構成を復元できる「戸籍帳」や、各農家の土地所有のあり方の変化が判明する史料も存在する。これらの史料群を統合的に分析することにより、従来の研究では必ずしも明らかになってこなかった問題を浮き彫りにすることが可能となってこよう。本報告の具体的作業は、小作契約の継承者/非継承者を判定し、そこでの分岐と、その小作人の属性(経済状況、土地所有の有無)、小作料納入率との関係の分析を行うことである。それを踏まえ、上述の課題にアプローチしていきたい。

「近世における山村の食糧確保」 栗原健一

近世社会は、度々飢饉に見舞われ、食糧問題が大きな課題であった時代である。人々はさまざまな飢饉対策をとっていたが、本報告では、その中でも近世後期の備荒貯蓄について検討する。事例として、秋田藩の山村である出羽国秋田郡小猿部七日市村(現、秋田県北秋田市)を中心とした親郷・枝郷の村々を取り上げる。「郷備米」や「五升備米」という在村貯蓄(備荒貯蓄)の実態と歴史的変遷を追い、その関係性を明らかにした。具体的には、まず文政期の「郷備米」とそれをめぐる小百姓騒動を検討し、次に天保期からの「五升備米」の形成と貯蔵を分析し、続いて幕末期の「郷備米」の展開を追った。最後に、当該地域の備荒貯蓄の特徴を指摘した。


第11回環境史研究会ワークショップ

日時:2013年4月6日(土)14:00-

場所:京都大学人文科学研究所(1Fセミナー室2)

発表者:

池田佳代「軍事環境問題の制度的要因に関する考察―アメリカ領グアム島の水問題を事例に」

村山聡「ラートカウとヴェーバーそして環境史」


第10回環境史研究会ワークショップのお知らせです(ついに10回!)。 今回は、動物がテーマです。 「象の涙—ダーウィン『人間と動物の感情表現』をめぐる考察」を伊東剛史さんが、「『野生動物』の思想史:日本における動物学・自然・社会」を瀬戸口明久さんが報告されます。奮って参加ください。ワークショップの後には懇親会も予定しております。あわせて参加いただければ幸いです。

【日 時】 2012年10月7日(日)14時〜18時 *開始時間が14時からになっています。お気をつけください。

【場 所】 東京大学農学部1号館 3F農経会議室(未定) *前回(第9回ワークショップ)と同じ場所を予定しています。

【発表題目と概要】

「象の涙—ダーウィン『人間と動物の感情表現』をめぐる考察」    伊東剛史(金沢学院大学)

「動物の権利」論において、ダーウィンは人間と動物との間に本質的な差異が存在しないことを証明した最初の科学者であると位置づけられている。特に、それまで人間のみが持つとされていた「高度な知性」、「道徳的観念」、「感情表現」が、動物にも存在すると明らかにしたことの意義が強調されている。一方、ダーウィンが同時代の動物福祉運動に与えた影響については、ようやく本格的な研究が始まったばかりである。こうした状況をふまえたうえで、本報告では、ダーウィンが『人間と動物の感情表現』(1872年)執筆中に見せた、ゾウが涙を流すという現象への「執着」に着目し、emotion — science — sympathy という3つのキーワードを軸に、いくつか議論を組み立ててみたい。始めたばかりの研究だが、最終的には、イギリスの動物福祉思想の歴史的展開を俯瞰し、その中にダーウィンを再定位したいと考えている。

「『野生動物』の思想史:日本における動物学・自然・社会」     瀬戸口明久(大阪市立大学)

この報告では、「野生動物」という概念の展開を通して、近代日本における自然と社会の関係について考察する。日本において人間から切り離された存在としての「野生動物」に価値が見出されるようになったのは1930年代のことである。本報告ではまず1934年に設立された「日本野鳥の会」に注目し、後半では1950年代から70年代にかけて流行した「野猿公苑」を取り上げる。これら2つの事例から、動物学研究や都市におけるレジャーの流行、地域開発など、さまざまな要因がからみあって、「野生動物」の意味を形づくってきたことが明らかになる。最後に現在のトキやコウノトリの野生復帰において「野生」が持つ新たな意味についても言及したい。


第9回環境史研究会ワークショップのお知らせです。 今回は、沖縄漁民、捕鯨、満州の炭鉱がテーマです。 「台頭する「沖縄漁民」—「異人種」から郷土の誇りへ—」を山本ちひろさんが、「近現代日本捕鯨業の組織構成について」を渡邊洋之さんが、「Carbon Technocracy: Energy Resource Management in 1930s and 1940s Manchuria」をVictor Seowさんが発表されます。奮って参加ください。ワークショップの後には懇親会も予定しております。あわせて参加いただければ幸いです。

【日 時】 2012年7月21日(土)13時〜18時 *開始時間が以前より1時間早くなっています。お気をつけください。

【場 所】 東京大学農学部1号館 3F農経会議室 *前々回(第7回ワークショップ)と同じ場所です。

【発表題目と概要】

「台頭する「沖縄漁民」—「異人種」から郷土の誇りへ—」     山本ちひろ(東京大学) 1930年代、「南洋」漁業の主要な担い手は「沖縄漁民」であった。南洋群島から東南アジアにまで広く進出していた彼らは、やがて戦時期に「南進の先駆」としての評価を得てゆく。しかし一方で「沖縄漁民」の内実に目を向ければ、それはほとんど交わることのないふたつの潮流によって構成されていた。すなわち、ひとつは東南アジア方面へ出漁していた糸満系追込網漁民であり、他方は南洋群島へ進出していたカツオ漁業者であった。戦時期に「南進の先駆」として注目を集めるのは厳密には前者であるが、彼らを締め出し、長らく関心の外に置いてきた沖縄社会にあっては、そのことに気づくまでに思いのほか時間を要することになる。本報告では、東南アジア方面に展開していた追込網漁民に対し、戦時期に国家によって付与された存在意義を検討し、またそれを写し取ろうとして再編された沖縄の自己像の変遷についてもあわせて考察する。

「近現代日本捕鯨業の組織構成について」             渡邊洋之(京都大学)

海という環境から生き物を「資源」としてよりうまく得ていくために、人はその方法を改めてきた。近現代日本捕鯨業においてそれは、網捕り式捕鯨からノルウェー式捕鯨、母船式捕鯨へという、技術導入の過程であった。 この過程を考察するにあたっては、当時の日本捕鯨業に従事していた労働者の実際について、あきらかにする必要がある。本報告では、クジラを捕獲する活動と、クジラを解体処理する活動という、捕鯨にかかわる主要な二つの作業に注目して、これらの活動を行う組織の構成の変遷とともに、それらに従事する労働者の来歴について説明していく。 加えて、クジラという生き物や捕鯨業という産業そのもの、およびいわゆる捕鯨問題の経緯など、本報告の前提となるような事柄についても、簡単ではあるが解説していきたい。


林業経済学会2012年春季大会シンポジウム 近代林学の歴史と環境保全−森林保続思想の世界史−

2012年3月29日(木)9:00〜18:00 宇都宮大学峰キャンパス(宇都宮市峰町350) 基盤教育B棟2階1223教室(C会場)

【座長】 餅田治之 氏(林業経済研究所)

【報告者】 第一報告 神沼公三郎 氏(北海道大学) ドイツ林業の発展過程と森林保続思想の変遷 第二報告 加藤衛拡 氏(筑波大学) 19世紀の秋田藩林政改革と近代への継承 第三報告 水野祥子 氏(九州産業大学) イギリス帝国における林学の展開とインドの経験 —帝国林学会議の焼畑移動耕作に関する議論を中心に—

シンポジウム趣旨

ドイツで生まれた近代林学は、森林の取り扱い方をめぐる技術と考え方の体系を整えながら、近代国家樹立を目指した国々、そして旧植民地において、林業学校や国有林管理を通して受け入れられていきました。近代林学の本質は、持続的な森林経営を可能にする森林の保続思想であり、その思想は、今日の環境問題の先駆けともいえる内容でした。森林の保続思想は、ドイツ国内に定着していくとともに、ドイツ的な展開を遂げていき、その後世界中に伝播し、受け継がれていくことになります。フランス経由でアメリカへ、ドイツから直接日本へ、イギリスを経由してインド亜大陸などの旧イギリス植民地へと、きわめてダイナミックな動きを見せました。そして、おそらくそれぞれの国や地域で、自然条件や社会条件の影響を受けて変質していったと考えられます。更に20世紀後半から今世紀にかけて、環境問題の世界的な関心の高まりの中で、この森林保続思想は新たな意味をもち、再び全世界的な連携の必要性が高まってきました。 本シンポジウムでは、この世界への伝播の過程という壮大な動きのなかで、第一に、なぜドイツ生まれの森林保続思想が世界の国々で受け入れられていったのか、その背景と意味について考えてみたいと思います。第二に、森林保続思想がそれぞれの国や地域に導入される過程で、その国や地域なりのアレンジが行われ、その後独自の展開を遂げるダイナミクスを明らかにしたいと思います。森林の保続思想は、元来、木材生産の保続を意図した論理であったものが、今日ではいわゆる環境問題と結びつき、「持続可能な森林の管理」思想として、新たな意味の変容を遂げつつあります。そこで、第三に、それぞれの国や地域における「木材生産の保続」と「自然環境の保続」の関係性について、考えてみたいと思います 神沼公三郎氏からは、ドイツにおいてどのような環境条件下で近代林学=森林の保続思想が生まれ、社会的・経済的・文化的にどのような意味を持ち、どのようにドイツの森林経営の中に根付き展開したか、さらに、保続思想自体がどのように変化・発展し、今日の環境問題への対応と結びついていったか、についてご検討いただきます。 加藤衛拡氏からは、ドイツ林学導入以前に存在した近世後期日本における体系的な森林管理・経営組織と技術の実態について、その国有林への継承と断絶、そうした国有林がドイツ林学を導入した意図と意義等についてご検討いただきます。 水野祥子氏からは、イギリス帝国環境史研究の視点から、ヨーロッパの近代林学の一方的移植という側面だけでなく植民地からの影響も含めたダイナミクスをとらえ、支配と抵抗、西洋近代と伝統という二元論では語れない多元的な見方の重要性をご提示いただきます。 座長解題として、餅田治之氏には各報告をつなぐ論点および視点の整理をいただきます。報告者と座長は事前に集まり、運営委員会メンバーとともに、近代林学の辿った歴史について、森林管理の考え方について、それぞれのフィールドとする国・地域の諸相について、時間も忘れ熱い議論を交わしました。議論は端緒についたばかりですが、そのひとつの到達点である本シンポジウムは、時代の節目に立つ研究者と学会のあり方についても、新しい論点と視角を示す有意義な出発点となることを確信しています。多くの皆様方のご参加を期待しています。

2012年林業経済学会春季大会運営委員会

【大会参加費】社会人1500円、学生500円

18:00より、UUプラザ2階にて懇親会を予定しています。 栃木の名物(宇都宮餃子、いちご、カクテルが皆さんをお迎えします。

お問い合わせは下記まで mihoyama@cc.utsunomiya-u.ac.jp 山本


第8回環境史研究会ワークショップ

環境史研究会および大阪市立大学経済学研究科重点研究「健康格差と都市の社会経済構造」主催 環境史シンポジウムのご案内

2 月 11th, 2012 Posted in 研究会等案内 | No Comments »

環境史研究会は、今回、初めて東京を離れ、大阪で研究会を開催します。環境史研究会と大阪市立大学経済学研究科重点研究「健康格差と都市の社会経済構造」との共同主催で、さらに、身体環境史研究会、医療・社会・環境研究会の共催により二日間にわたって開催する少し規模の大きな環境史シンポジウムです。どうぞ奮ってご参加ください。なお、詳細につきましては、また、参加の方法などにつきましては、藤原または村山にご連絡ください。

環境史シンポジウム「災害・周縁・環境」

主催:環境史研究会

大阪市立大学経済学研究科重点研究「健康格差と都市の社会経済構造」

共催:身体環境史研究会、医療・社会・環境研究会

場所:エル・大阪(501・504号室)(大阪府立労働センター)

京阪・地下鉄谷町線「天満橋駅」より西へ300m

3月17日(土)(会場:501号室)

13:00-13:30 開会の挨拶

村山聡(環境史研究会)・脇村孝平(大阪市立大学経済学研究科)

■基調講演

13:30-14:30 山本太郎(長崎大学)

感染症との共生・・・生態学的、進化学的視点から

14:30-15:00

コメント:藤原辰史(東京大学)・瀬戸口明久(大阪市立大学)・脇村孝平(大阪市立大学)

<休憩20分>

■周縁の環境史(司会:瀬戸口)

15:20-16:00 池田佳代(広島大学) アメリカ領グアム島 の水資源問題

16:00-16:40 中山大将(京都大学)

植民地樺太の農林資源開発と樺太の農学――樺太庁中央試験所の技術と思想

<休憩10分>

16:50-17:30 香西豊子 「島」と疱瘡――伊豆諸島、とりわけ八丈島を事例として

17:30-18:00 コメント:山本太郎(長崎大学)・飯島渉(青山学院大学)

懇親会:17日18時30分より中華菜館 水蓮月 天満橋店 京阪シティモール8F

3月18日(日)(会場:504号室)

■日本の環境史(司会:藤原辰史)

10:00-10:40 戸石七生(東京大学)

前近代南関東山村における飢饉と地域社会――天保飢饉と上名栗村古組――

10:40-11:20 瀬戸口明久(大阪市立大学)

都市と自然――1930年代日本における自然保護運動と社会階層

11:20-12:00 竹本太郎(東京大学)朝鮮総督府山林課長・齋藤音作の緑化思想

<休憩70分>

■グローバル環境史(司会:戸石七生)

13:10-13:50 藤原辰史(東京大学)

エコロジカル・コロニアリズム――帝国日本における水稲の品種改良

13:50-14:30 村松弘一(学習院大学) 近代中国における西北開発と環境への認識

14:30-15:00 全体へのコメント:原宗子(流通経済大学)・村山聡(香川大学)


第7回環境史研究会ワークショップのお知らせです。

今回は、主に森林をテーマに3人の方に報告をお願いします。 「日本前近代の森林資源開発と日本人の自然観」について脇野博さんが、 「巨樹・巨木からみた薪炭業の生物多様性へのインパクト」について谷口忠義さんが、 「ドイツ各邦の森林法と1942年の帝国森林法案」について石井寛さんが発表されます。 奮ってご参加ください。 ワークショップの後には忘年会(懇親会)も予定しております。 あわせて参加いただければ幸いです。

【日 時】 2011年12月17日(土)13時〜18時 *開始時間がいつもより1時間早くなっています。お気をつけください。

【場 所】 東京大学農学部1号館 3F農経会議室 *前回(第6回ワークショップ)と同じ場所です。

【発表題目と概要】

「日本前近代の森林資源開発と日本人の自然観」      脇野 博(秋田工業高等専門学校人文科学系) 中谷巌氏は、脱原発は「自然は征服すべきものというベーコンやデカルトに始まる西洋近代思想を乗り越え、『自然を慈しみ、畏れ、生きとし生けるものと謙虚に向き合う』と いう、日本人が古来持っていた素晴らしい自然観を世界に発信する絶好の機会になるのではないだろうか。」(2011年6月14日 産経新聞「正論」) と述べられたが、はたして日 本人は古来から本当に中谷氏が言うように自然と接してきたのであろうか。笠谷和比古氏は、上記のような自然を大切にするという日本人の自然観に対してすでに疑義を呈してお られ、私もこれまで日本の林政・林業史研究に取り組むなかで、疑問を持つようになった。そこで、日本近世の林政・林業に関わるいくつかの事例を通じて、前近代日本人の自然 観の再検討に向けて問題提起をしたい。

「巨樹・巨木からみた薪炭業の生物多様性へのインパクト」 谷口忠義(新潟青陵大学短期大学部)

日本には数百年あるいは千年以上の時を落雷や病虫害・獣害を乗り越え,同時に人間による伐採を免れてきた歴史的な遺産である巨樹・巨木が存在する。現在68,000本ほど存在 するそれらの巨樹・巨木のうち薪炭適合樹種は約1割強である。なぜそれらは伐採を免れてきたのか。経済的なインセンティブからその理由を考えてみた。 薪炭用の樹種は,木材固有の性質や運送上の技術,輸送コストといった要因と,需要の有無と規模により,そのまま放置され巨木に向かうか,薪炭として利用されるかが分かれ た。炭生産では大木よりも炭木をそのまま焼くことを経済的に選好しており,百年以上の大木は後回しにし,同じ樹種であれば細い木から伐採することになる。そうした選好が生 まれる理由は,大木から焼いた炭は爆跳するなど家庭での使用時に不都合な炭だからである。また,生産サイド(費用)面からいえば,窯詰用の伐採に手間が余計にかかるからで あった。薪生産では木炭とは逆となっていた。

「ドイツ各邦の森林法と1942年の帝国森林法案」      石井 寛(元北海道大学)

森林の維持と保全,森林の持続的管理を課題とする森林政策は森林法を根拠法としている。各国の森林政策の歴史と展開過程を見る場合,どのような森林法が制定されているの か,その特徴がどのようなものかを把握することは必須の作業である。私は今回の報告でドイツの森林法を取り上げたい。 ドイツの近代の森林法はフランス革命の影響を受けて,1811年にヘッセン,1833年にバーデン,1852年にバイエルン,1875年と1879年にヴェルテンベルクで制定されている。そ の内容は州有林と公有林の森林官による国家管理,私有林に対する営林監督であった。帝国レベルの森林法を制定しようとする試みは1919年以降,あったもののプロイセンやバイ エルンの反対で具体化されなかった。その試みが具体化したのはナチス期であった。林政学者のEbertsやAbetzの努力によって1942年に帝国森林法案が作成されている。同法案は 議決されなかったが,その林政思想は第2次大戦後の1950年のラインラント・ファルツ州や1954年のヘッセン州の森林法に影響を与えるとともに,1975年に制定された連邦森林法 にも引き継がれている。 本報告では19世紀の各邦の森林法について説明するとともに,1942年帝国森林法案の内容を明らかにして,戦後への影響について説明したい。


第6回環境史研究会ワークショップのお知らせです。今回は、「オアシスの水が涸れる日」について中尾正義さんが、「1940年代以降の華北農村における土資源利用の変化」について栗山知之さんが発表されます。奮ってご参加ください。ワークショップの後には暑気払い(懇親会)も予定しております。あわせて参加いただければ幸いです。

【日 時】 2011年7月23日(土)14時〜18時

【場 所】 東京大学農学部1号館 3F農経会議室

*前回(第5回ワークショップ)と同じ場所です。

【発表題目と概要】

「オアシスの水が涸れる日」   中尾正義(人間文化研究機構)

ユーラシア大陸の中央部は、かつては歴史の表舞台であった。名だたる遊牧帝国が交錯し、農業を主とする中華帝国と抗争や融和を繰り返してきた広大な乾燥地域である。わずかの降水しかない同地域では、氷河や多量の降水がある山岳地からの河川水や地下水が最も得やすいオアシスに多くの人々が住み着いてきた。オアシスの水にも、気候変動や人の営みに起因する栄枯盛衰がある。オアシスの水が涸れた昔とオアシスの水が涸れつつある今を語る。

「1940年代以降の華北農村における土資源利用の変化—渭河平原・祝家荘を事例として—」

栗山知之(慶應義塾大学文学研究科)

中国における農村景観の歴史は、これまで主に農業史研究の生業論で扱われ、耕地分布・宅地の変化に関する地理学的研究も散見される。しかし、華北畑作地帯を取り上げた事例は見受けられず、近現代の社会変化が個人・集団に与えた影響を村落スケールで分析した事例も極めて少ない。乾燥地に即した生活様式が育まれ、土資源が建材の製造や人間・家畜の糞尿処理に用いられた後、肥料として耕地に施用されてきた華北農村。そこでは頻繁に採土活動が繰り返されるなか、宅地周囲に窪地が拡大してきた。こうした窪地は、住民達が大地に刻んだ歴史資料(土資源利用の履歴を示すもの)にほかならない。本発表では、「土壕」と呼ばれるとりわけ大規模な窪地が宅地を取り囲む渭河平原、陝西省宝鶏市岐山県祝家荘鎮小強村祝西組・祝南組・高家組・王家組で構成される村落で調査を実施、1940年代以降の同村落における土資源利用の変化を明らかにする。

2011年度の環境史研究会の記録

環境史研究会第5回ワークショップ

【日時】2011年5月14日(土)14時~

【場所】東京大学農学部1号館3階「農経会議室」

【報告者と発表題目】

井黒 忍(早稲田大学高等研究所・助教)

「消えゆく水と現れでる碑(いしぶみ)―歴史的水利用方式にみる環境と社会―」

環境史研究会 発起人

「環境史研究の射程」(環境史研究会の今後を考えるラウンドテーブル)

環境史研究会第6回ワークショップ

【日時】2011年7月23日(土)14時~18時

【場所】東京大学農学部1号館3階「農経会議室」

【報告者と発表題目】

中尾正義(人間文化研究機構)

「オアシスの水が涸れる日」

栗山知之(慶應義塾大学文学研究科)

「1940年代以降の華北農村における土資源利用の変化―渭河平原・祝家荘を事例として―」

第1回東アジア環境史学会報告(村山記)

2009年の8月4日から8日にかけて、第1回国際環境史学会がコペンハーゲンならびにマルモで開催された後、台湾中央研究院の当時副研究院長をされていたTs’ui-jung Liu(劉翠溶)氏の発案で、私も含めて当時の参加者有志で発足させたのが、東アジア環境史協会であった。この協会の設立と共に、日本では環境史研究会もやはり有志と共に発足させ、このホームページでもその研究会の案内をしている。

東アジア環境史協会は、その発足から2年という短い歳月で、第1回の国際学会を、10月24日から26日の3日間をかけて、台北にある中央研究院の大会議場等において、学会員の総参加者数87名そして非学会員も含めると146名の参加で開催した。学会員は、中国からは18名、香港から2名、日本から19名、フィリピンから1名、オーストラリア等から2名、ヨーロッパから4名、北アメリカから6名、そして、開催地の台湾からは35名であった。

現在東アジア環境史協会は225名の会員から成り立っているが、会員数の多い順に並べると、中国68名、台湾58名、日本55名、北アメリカ38名、ヨーロッパ14名、オーストラリア等8名、韓国5名、フィリピン3名となっている。韓国からの出席者は、第1回国際環境史学会においてもなく、その影響が出ている。今後、ネットワークが拡大されることが望まれる。

この日本の55名の内、41名が環境史研究会のメンバーである。その内の14名がこの学会に参加し、報告や司会などを行った。26日に開催された学会総会において、学会規約も決まり、初代会長に劉翠溶氏が選出され、本格的な学会始動となった。次回は2年後に再び台湾で開催されることになり、その後、開催可能な国を回ることになる。4年後には日本での開催となるであろう。

環境史研究会第7回ワークショップ

【日時】2011年12月17日(土)13時~18時

【場所】東京大学農学部1号館3階「農経会議室」

【報告者と発表題目】

脇野 博(秋田工業高等専門学校人文科学系)

「日本前近代の森林資源開発と日本人の自然観」

谷口忠義(新潟青陵大学短期大学部)

「巨樹・巨木からみた薪炭業の生物多様性へのインパクト」

石井 寛(元北海道大学)

「ドイツ各邦の森林法と1942年の帝国森林法案」

環境史シンポジウム:災害・周縁・環境(環境史研究会第8回ワークショップ)

【日時】2012年3月17日・18日

【場所】エル・大阪(501・504号室)(大阪府立労働センター)

【主催】環境史研究会、大阪市立大学経済学研究科重点研究「健康格差と都市の社会経済構造」

【共催】身体環境史研究会、医療・社会・環境研究会

3月17日(土)(会場:501号室)

■基調講演(13:00-15:00)

山本太郎(長崎大学)感染症との共生・・・生態学的、進化学的視点から

コメント:藤原辰史(東京大学)・瀬戸口明久(大阪市立大学)・脇村孝平(大阪市立大学)

■周縁の環境史(15:20-18:00)

池田佳代(広島大学)アメリカ領グアム島 の水資源問題

中山大将(京都大学)植民地樺太の農林資源開発と樺太の農学―樺太庁中央試験所の技術と思想

香西豊子 「島」と疱瘡―伊豆諸島、とりわけ八丈島を事例として

コメント:山本太郎(長崎大学)・飯島渉(青山学院大学)

3月18日(日)(会場:504号室)

■日本の環境史(10:00-11:30)

戸石七生(東京大学)前近代南関東山村における飢饉と地域社会―天保飢饉と上名栗村古組

瀬戸口明久(大阪市立大学)都市と自然―1930年代日本における自然保護運動と社会階層

コメント:服部伸(同志社大学)

■グローバル環境史(12:30-14:45)

竹本太郎(東京大学)朝鮮総督府山林課長・齋藤音作の緑化思想

藤原辰史(東京大学)エコロジカル・インペリアリズム―帝国日本における水稲の品種改良

村松弘一(学習院大学) 近代中国における西北開発と環境への認識

コメント:水野祥子(九州産業大学)

全体へのコメント(14:45-15:15):原宗子(流通経済大学)・村山聡(香川大学)

2010年度の環境史研究会の記録

環境史研究会第1回ワークショップ

【日時】2010年5月15日(土)1400~1800

【場所】東京大学農学部1号館1階「農経資料室 」

【発表題目】

村山 聡「近世天草漁師町・湊町崎津の比較史料学的環境史研究」

戸石七生・竹本太郎「森林史へのアプローチ」

討論者 藤原辰史

環境史研究会第2回ワークショップ

【日時】2010年7月24日(土)14時~

【場所】東京大学農学部1号館3階「農経会議室」

【発表題目】

原 宗子(流通経済大学) 「中国環境史研究の現状と課題」

若林洋平(上智大学)「森林景観の環境史 ―明治・大正期の長野県諏訪地域を中心に―」

環境史研究会第3回ワークショップ

【日時】2010年10月2日(土)14時から

【場所】東京大学農学部1号館3階「農経会議室 」

【発表題目】

喜多川進(山梨大学)「環境政策史研究の構想と意義」

村松弘一 (学習院大学東洋文化研究所)「近代陝西省における植林・緑化政策」

環境史研究会第4回ワークショップ

【日時】2010年12月18日(土)14時から

【場所】東京大学農学部1号館1階「農経資料室 」

【発表題目】

水野祥子(九州産業大学)「大戦間期イギリス帝国における保全思想」

脇野 博(秋田工業高等専門学校)「絵図から見た近世白神山地の植生と林野利用」

学校林をめぐるむら(共同関係)の軌跡(竹本太郎)

10 月 18th, 2009 Posted in 未分類Edit2 Comments »

日本科学史学会生物学史分科会の月例会が下記の日程で開催されます。日本科学史学会生物学史分科会のホームページからの転載です。(http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~ft12153/hisbio/frame_j.htm)
  • 日時:10月24日(土) 午後3:00~5:30
  • 場所:東京大学駒場キャンパス14号館3階308号室(※京王井の頭線「駒場東大前」駅下車、渋谷寄り改札を出て正面手前に構内案内板があります。)
  • http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_13_j.html
  • 発表者:竹本太郎氏(東京大学大学院 農学生命科学研究科 特任助教)
  • 演題:学校林をめぐるむら(共同関係)の軌跡:「公共林野」と歴史的アプローチに触れて
  • 内容紹介: 過疎による小学校の統廃合、森林の荒廃など、農山村における喫緊の課題は数多くあります。そのような現状のなかで、「むら(共同関係)」が守り続けてきた 「学校林」という特殊な森林のことはほとんど知られていません。 明治期に近代学校制度を整える際に「むら(共同関係)」の林野を小学校の校舎建築や財政補助のために特別に確保した森林が「学校林」です。その後、「学校 林」は、戦時期には愛国心昂揚のための造林地として国家に利用され、戦後期には国土復興のための緑化運動の中心になっていきます。 本発表では、「学校林」をめぐる「むら(共同関係)」の軌跡を追いつつ、(1)「地域住民の公共の福祉」に利用される森林「公共林野」の意味、(2)林政 学における歴史的アプローチの意味、について議論できたらと思います。 参考:竹本太郎『学校林の研究』(農山漁村文化協会、2009年)ほか。(http://www.ruralnet.or.jp/n_lib/book/wadai/2009/03wadai0908-1.html ;本書のもとになった論文がダウンロード可能だそうです。)

2009年度 第78回 社会経済史学会 全国大会

2009年9月26日(土)・27日(日) 於:東洋大学

パネルディスカッション:

「プロト近代行政」における領民把握

―近世的「発展」に関する比較史料学的アプローチ―

香川大学 村山 聡

<課題>

近世日本の史料体系はどのようなものであったか。特定の農村や複数の農村を対象とした地域に関して、どのような情報がどのような種類の人々によって共有されていたのであろうか。領主文書、地方文書そして寺社文書など多様な構造を有している近世日本の史料体系に関して、古文書の種類や分類は広く知られており、また、庄屋文書など各家単位の文書目録作成などにおいては、すでに膨大な研究蓄積がある。しかし他方で、近世文書の膨大な史料群はどのような全体系を有し、何が継続的に保持され、何が変化していったのかが明らかにされた研究は管見の限り存在しない。

<視点>

個別の歴史資料に関し、そこに表現された内容を分析するのは当然であり魅力的である。しかし他方で、特定の時代や地域の史料体系は、信頼関係のネットワーク、コミュニティ構造そしてさらに権力関係のあり方との深い相互関係にあり、史料体系自体が特定の地域と時代の特徴を示している。にもかかわらず、この点が注目されることは少なかった。たとえば、家族構造やライフコース分析における比較研究はなされてきたものの、分析データを得ることのできる史料自体が歴史的な地域性を有していると指摘されることは少ない。

<方法>

本パネルディスカッションのオーガナイザーは、日本における近世文書の収集・分析と平行し、ヨーロッパの研究者の協力を得て、種々の科学研究費により海外学術調査を行なってきた。そこでは、財産と所有に関する歴史資料がその存在形態において決定的な地域差を有していることを明らかにした。資料調査の過程で、当初想定していた以上に史料体系における地域差の存在が浮かび上がり、近代統計的なマクロ的社会把握への道は単線ではなかったことが明らかとなった。この先行研究プロジェクトによる成果は、緻密な地域情報の蓄積が近世的な経済発展あるいは初期的な経済発展の根本にあるということを仮説的に提示し、新たな国際比較の可能性を開いたことにある。

現在オーガナイザーが研究代表者として進めている科学研究費基盤研究(A)では、近世日本社会の史料体系について、美作の矢吹家文書や天草の上田家文書など各地域の庄屋文書を基礎として、① 住民把握の論理、② 財産把握の論理、③ 地域把握の論理、そして④ 近世文書の論理という4つの論理体系に焦点を絞り、(1) 選択された藩や幕領における村落レベルでの史料体系の差異と特質を明らかにすること、そして、(2) 具体的な全体像を再現できる双方向的なデータベース構築をさらなる将来の課題としている。

近世日本では、西欧的近代化以前に想像以上に緻密な情報蓄積が見られた。この史料体系の特徴を明らかにできれば、今後、社会経済的発展が期待される地域だけではなく、現代日本や先進諸国に対しても、重要な警鐘を鳴らすことができる。つまり、非常に具体的で内容の濃い地域情報の蓄積と存在は、国家レベルでの社会経済的発展の基本前提であり、もし、地域情報が不完全あるいは画一的な場合には、今後の発展において大いなる停滞が予測される。多くの非先進諸国においては歴史的にそのような地域情報の蓄積が観察されていないからである。

この研究グループのこれまでの研究成果の一つとして、茨城大学の磯田道史が「プロト近代行政」という表現で以上の論点を端的に示した。本パネルでの試みとしては、以下の<個別論題の要旨>にもあるように、その主張の展開可能性を近世社会の「発展」とは何かという点、特に「領民把握のあり方」に焦点化し、(1) 日本の近世社会独特の史料体系が地域情報の蓄積という点で近代を引き出す糸口になったかどうか、また、(2) 領主支配の発展構造がまさにプロト近代行政というネーミングにふさわしいものであったか、そして最後に、(3) 地域行政の綿密なシステムの社会的効果が本当に観察されるかどうか、という点を検証する。それらの報告を受けて、近年目覚ましい学問的展開を見ている歴史人口学の分野から、そして、長い研究蓄積のある近世・近代経済史の分野からの話題提供を受けて、比較史料学的方法の有効性と今後の研究のあり方について討議し、フロアからご意見をお伺いしたい。

<個別論題の要旨>

1. 村山 聡「近世文書の体系性と近代へと進む地域情報の蓄積」

世界の各地域でなされている歴史研究において、どこにどのような史料が存在し、それをどのように利用しているかという点については、意外に研究者間で十分な情報交換がなされていない。史料収集と分析という面倒な作業工程の帰結としての成果が、せいぜい比較されざるを得ないからである。

史料が多様であり、史料の保管のあり方も多様であることは歴史家であれば周知の事柄であり、あえて指摘するまでもない。しかし例えば、ドイツ語圏の村落共同体である「ゲマインデ」の文書館に、近世以来の土地売買などの史料が保管されている地域とそのような史料が作成もされていなかった地域との違いは、個々の村落を比較する以前に明らかにすべきであろう。近世日本との比較の上でも、圧倒的な地方文書群は旧庄屋などの個人の家に保管されてきたことに注目する必要がある。

史料の体系的な理解のためには、対象とする時代の全期間を通じて存在する資料の分析が不可欠である。本報告では、第一に、近世天草高浜村の上田家文書を中心に、平常時の史料体系ならびに水害、火災、疫病の蔓延あるいは村方騒動などの異常時を契機とする史料体系の変化などを明らかにする。第二に、庄屋日記という記述資料の分析により近世村落文書の体系性がどのような近世的な意味連関において生み出されたものかを明らかにする。そして第三に、近世に作成された絵図・地図などの作成過程が史料体系とどのような関係にあるかを明らかにする。

2. 磯田道史「19世紀的藩行政と領民情報―熊本藩からの伝播―」

本報告では、近世中後期の藩政改革のなかで、熊本藩などを先駆として「プロト近代行政」とでもいうべき新しい行政モデルが形成されてくることを指摘し、それが全国に伝播する過程を考究するものである。近世中後期に各地でみられた藩政改革が類似した内容をもっていたことは、すでに知られている。

しかし、本報告では、これは単なる類似ではなく、18世紀後半から、熊本藩宝暦改革などで新しい行政モデルが開発され、全国的に伝播していったものである点を指摘し、この新しい行政モデルの内容と伝播過程を明らかにしたい。この新しい行政モデルは『肥後物語』『肥後経済録』などの書物に記され、これが「改革テキスト」となって、幕府諸藩の参考にされ伝播していく。まず、これらの改革テキストから、18世紀末に熊本藩を先駆として形成された「プロト近代行政」の内容を明らかにし、次に、この行政モデルが他藩に伝播していく過程を具体的事例から明らかにする。

熊本藩等にはじまる行政モデルは、藩学校による藩官僚の養成と選抜(人材選挙)、法令による職掌分担の明確化(分職)、土地生産力の再把握(正経界)育児人口政策へ積極性(撫育)、藩主教諭による風俗矯正(教導)、国内産物の育成(国産)、新刑法(徒罪笞罪)の導入、領民行動の把握と誘導(褒賞制)、身分制の整備(苗字帯刀・郷士制)などを特徴とする。この行政システムは、きめの細かな住民施策を志向するために、第一義的には、住民情報の記録・蓄積を徹底する「文書行政」として立ちあらわれてくる。また、藩官僚が学校・試験で「仕立」られ、藩行政の法令主義・文書主義が強まる。この行政モデルの導入によって、19世紀の藩行政の官僚制化がすすみ、近代行政のプロトタイプに変貌していく過程を明らかにする。

3. 東 昇「近世天草高浜村庄屋上田宜珍による地域行政とその効果」

肥後国天草郡高浜村庄屋上田家には6000点を超える文書群が所蔵されている。これまで天草崩れ等の研究に利用されてきたが、地域行政にとって歴代の当主が書き継いだ日記が19世紀を通じて残されている点が重要だと考える。この日記には、他の文書には記されない内容が多く、庄屋の地域行政と効果の分析には決定的な史料となる。

7代当主である上田宜珍が庄屋を勤めた19世紀初頭には、天草崩れ、疱瘡流行、ロシア船来航、火事、洪水など、村内外を問わず「村中安全」を乱す脅威が頻繁に発生した時期であった。上田宜珍はこれらに対処し村を安定に導いたが、その地域行政の手法として継続的な日記の記録をあげることができる。

文化4年の疱瘡流行に関して、独立した文書は、富岡役所に提出した数点しか現存していない。しかし日記には、疱瘡患者を一人一人個人単位で、地域名前続柄など詳細に記している。また村内の村役人、各迫、近隣の庄屋や大庄屋などとの書簡、連絡事項などを記すなど、疱瘡流行に関する多くの情報を蓄積していたといえる。この情報を基にして、庄屋をはじめとする村は、疱瘡患者を隔離する山小屋移送、他国養生、医者の派遣、疱瘡送りの祭礼実施などを決定し、流行拡大を防止したといえる。このような日記による細かな情報蓄積を基盤とする地域行政により、流行拡大し人口減少を招いた郡内の他村とは違い、村の安定を維持する効果があったといえる。また日記に蓄積された地域情報は、後代の地域行政の担い手にとって有益な情報として利用されたと考えられる。

The 14th International Conference of Historical Geographers

23–27 August 2009, Kyoto, Japan

26th August (Wednesday)

11:00-12:30  (oral presentations)

Room 1: Health and Disease II (Chair: Alan R. H. BAKER)

Branislav S. DJURDJEV*, Tamara KOVACEVIC, and Milan CVETANOVIC University of Novi Sad, SERBIA

Household Composition and Well Being of Rural Serbia in the Second Part of XIX Century

MURAYAMA Satoshi* and HIGASHI Noboru Kagawa University, JAPAN

Smallpox and Quarantine Policy in 18th and 19th Century Amakusa Islands, Kyusyu, Japan. A Geographical Analysis

Michael SUTTON* Ritsumeikan University, JAPAN

Before Low Fertility: The Quiet Revolution in Japanese Demography (1948-1973)

The First World Congress of Environmental History has taken place from Tuesday, August 4th to Saturday, August 8th, 2009.  From August 4th – 7th, 2009 the congress venue was the Radisson SAS Falconer Centre and Copenhagen Business School. On August 8th, 2009 the congress has moved to Malmoe. The venue was Malmoe University.

Wednesday, August 5th

09:00 - 10:30

Parallel sessions 2

Water: intellectual histories, research and policies: Examples from Japan, China, India and Ghana

Chair: Ts’ui-jung Liu

Satoshi Murayama- A transnational intellectual history of water culture in Japan

Irit Eguavoen- Shifting perceptions. Water policies and environmental research in Northern Ghana.

ARABINDA SAMANTA- Environmental Cost of a Hydraulic Society: Revisiting the Damodar Valley Corporation

Masayoshi Nakawo- Water shortages as consequences of the past history